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事務局ニュース

4度目の南相馬市訪問(平成27年10月31日~11月1日)(その1)

10月31日~11月1日、私達NPO法人・JGK埼玉グリーンプラの4人(内舘、吉田、橋本、阿部)は、福島県南相馬市を訪問しました。今年で4回目の「視察ツアー」です。

避難指示区域の概念図

左の「概念図」は「首相官邸災害対策ページ」より貼付
(クリックで拡大)

今回も、常磐道広野インターで降り、「避難指示区域」を南から北に進み、第一原発の横を通って南相馬市に向かいました。

左図にピンクで示された「帰還困難区域」も、国道付近だけは除染が進み、(とは言っても生活のできるレベルではありません)国道に限って、一般車両も自由に通過できるようになったのです。

私達は南相馬市仮設住宅の皆さんにボランティア活動で関わってから、毎年、南相馬市双葉郡の復興の現状を視察してきました。

今年は特に、除染を中心とした復興と米作りの現状に、強い関心がありました。

以下、写真も参考にしながら、状況をご報告したいと思います。

双葉郡 楢葉町

私達が先ず向かったのは、双葉郡楢葉町です。
上の地図でも分かるように、これまで楢葉町は、全町が「避難指示解除準備区域」でした。
生活圏の除染が進み電気・水道等が復旧したということで、今年9月に避難指示が解除された町です。

除染処理した「物質」 先ず、楢葉町南端の海岸近くの平地に行ってみました。
着いてみると、ここには黒い袋に入った除染処理した「物質」(多分、土でしょう)が敷き詰められていました。
その量は、去年よりずっと増えていました。
←汚染土袋の仮置場のようです。
これらの土袋は、この後、中間貯蔵施設に運び込まれ、30年以内に県外で最終処分されることになっているのです。(しかし、最終処分場は決まっていません)

では一体、「中間処理施設」の現状はどうなっているのでしょう?気になり、帰宅後に調べてみました。

ところで、ネットで調べていると、こんな画像を見つけました。↓ 中間貯蔵施設

汚染土袋が運び込まれた中間貯蔵施設です。
黒い袋がびっしりと並んでいます。

この画像は海外メディアが4月に空撮したものだということです。

出典は、こちら。
http://saigaijyouhou.com/blog-entry-6219.html

次に、町役場の辺りに向かうことにしました。楢葉町の中心部を見たかったのです。
 ↓

楢葉町役場

コンビニ以外には、店が殆ど見当たらないのですが、役場には何人もの方が働いている姿があり、駐車場もいっぱい。

「ここは、動いている!」と実感しました。

楢葉町では、戻られた高齢者たちが4年半ぶりの再会を喜び合っている様子も報道されています。
しかし、すぐに帰還したいと考えている住民は1割に満たないとのこと。
大変でしょうが、何とか、日常の生活を取り戻して欲しいと、願わずにはいられません。

双葉郡 富岡町

次に私達は、富岡町に入りました。

平成26年の富岡駅

←これは、昨年の富岡駅
国道から近く、そのあまりにも無残な姿に、多くの見学者が訪れていた場所です。

しかし、今はこの駅舎も撤去されていました。
常磐線も南相馬市の原ノ町駅以南は復旧していません。

撤去作業が進められてる富岡駅周辺の「家並み」

富岡駅周辺の「家並み」は、昨年のままですが、崩壊しているため、撤去作業が進められています。

旧駅舎の前に止まっていた「静岡県警」のパトカー

←警備中のパトカーに近づいて見ると、旧駅舎の前に止まっていたパトカーは、なんと「静岡県警」の物。

聞いてみると、全国から交代で被災地の防犯(盗難などを防ぐ)のために来ているとのことでした。

放射線量の測量器

←パトカーの奥に見えたこれ、何だか分かりますか?

上は、太陽光発電パネル。
下は・・・・・放射線量の測量器です。
数値も見えます。
0.264µシーベルト/時
ちなみに埼玉県のおよその数値は0.05µシーベルト

富岡駅周辺は「居住制限区域」。立ち入りは自由ですが、生活はできません。

富岡町の高台にある家

←しかし、同じ富岡町でも、ちょっと高台に行くと、そこは津波被害に遭わなくて、住宅地のまわりも草が刈られ、今にも生活できるような外観になっています。
この辺りは「避難指示解除準備区域」と思われます。

富岡町は小さな町ですが、その中に「帰還困難区域」、「居住制限区域」、「避難指示解除準備区域」が交錯しています。

どのように復興が進められていくのか、見守っていきたいと思います。

帰還困難区域から浪江町へ

帰還困難区域の入口

富岡町の住宅地から国道に戻ってしばらく走ると、
帰還困難区域に入ります。

帰還困難区域とは、現在の年間積算線量が50ミリシーベルトを超え、5年後も20ミリシーベルトを下回らない可能性のある地域です。

国道の両側には鉄柵が設置されていて中に入ることはできません。

国道の両側には、鉄柵が設置されていて、中に入ることはできません。また、右折道・左折道には、鉄柵だけでなく警備員が立ち、監視しています。

←鉄柵の中には多くの店があります。
津波被害に遭わなかったため、どこも破損していない民家も沢山立ち並んでいます。
昨年と同じ光景です。

やがて、浪江町。ここまで来ると、この鉄柵も姿を消します。浪江町の国道沿いの地域は、避難指示解除準備区域です。

町の中心部

←左折して、町の中心部に入ってみました。

ここには、沢山の作業車が往来し、家々には、のぼりが立っています。
のぼりの文字が見えますか?
少し近づいてみましょう。

「除染作業中」ののぼり

←「除染作業中」。

行き交う車は、汚染土壌を運ぶためのものだったようです。

浪江町のコンビニ

浪江町のコンビニにも、沢山の車が止まっています。
そろそろ昼食時。 除染作業の人たちがお弁当を買いに集まってきているようです。
店らしい店が見当たらないここでは、コンビニが作業員たちの「命綱」の役割を果たしているようです。

時間も、12時を回りました。
私達もそろそろ昼食をとりたいのですが、この辺りに、食堂はありません。
南相馬行けば・・・・・、ということで南相馬市に入りました。

4度目の南相馬市訪問(その2)へ

(文責・吉田)

 
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