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活動報告

事務局ニュース

南相馬市鹿島区を訪問して

去る2月11日~12日、理事長を始めとする会員4名(内舘、吉田、阿部、稲葉)が、南相馬市を訪問しました。
昨秋から南相馬市の仮設住宅の方々に届けてきた「蓄光折紙」が、どのように受け入れられているのかを知り、また、今後の義援活動の在り方を考えていくためです。
(活動報告:義援活動始める (2011年9月12日)

以下、私達が訪問して分かった現地の状況を、多くの皆さんにお伝えしたいと思います。

南相馬市と仮設住宅の概要

「緊急時避難区域」解除前の地図
(南相馬市HPより)
緊急避難区域解除前の南相馬市
(クリックで拡大)

南相馬市は、3区から成ります。
北から、鹿島区、原町区、小高区です。
「3・11」以前には、人口の6割を原町区が抱えていました。
でも、約2400戸の仮設住宅は、全て鹿島区にあります。
なぜでしょうか?

右は、原発事故後発令された各区域の記された地図です。
第一原発から半径20km圏内は、「警戒区域」。
ここに、小高区全域と、原町区の一部が入ります。
更に、9月30日に解除されるまでは、原町区のほぼ全域が「緊急時避難区域」に指定されていました。
ですから、「仮設住宅」は鹿島区に造るしかなかったのです。

そして、鹿島区の2400戸の仮設住宅は、地域ごとに約30のブロックに分けられ、それぞれに、自治会があり、集会所が設置されています。

津波被害の傷跡がそのまま残る海岸沿い

私達は先ず、津波被害のあった右田浜海岸を訪れました。
下の2枚の写真は、現地「生活復興ボランティアセンター」(南相馬市社会福祉協議会)から送って頂いた被災前の海岸の写真です。

被災前の右田浜海岸被災前の右田浜海岸

この美しい砂浜と松並木のある地域一体を、あの津波が襲いました。
防波堤に当たって砕ける津波の高さは、30mにも及んだそうです。

防波堤にあたって砕ける津波

そして、今。

被災後の海岸被災前の右田浜海岸

夏に海水浴で賑わった砂浜は、すべて消えてしまいました。
美しい松並木も、すべて根こそぎ流されてしまいました。
やや沖合の防波堤の向こう側にあったテトラポットが内陸に流されてきました。
(今は、クレーンで海辺に集めてあるのだそうです。)

海岸から山方向壊れたままの道路基礎のみを残して流された住宅

左上の写真は、海岸から山の方角(福島市方面)を撮ったもの。
山の裾野まではっきりと見えます。すべてが、いっぺんに無くなってしまったのです。
壊れた道路も、そのままでした。
「3・11」までは、そこにあった生活の痕跡が、あちらこちらに痛々しく残っていました。
見ているだけで、涙が止まりませんでした。

自治会長・相談員の方々との懇談

私達はその後「ボランティアセンター」を訪ね、職員の方の先導で「小池原町第一仮設住宅」に向かいました。約30のブロックの中の一つです。
集会所には、自治会長(右下の写真・左から2人目)や相談員(右下の写真・右側の2人)の方など、4名が待っていて下さいました。

お伺いした仮設住宅お会いできた方々お会いできた方々

いろいろと、お話を伺うことができました。

  • 自治会長は、ご自宅を津波で流され、警戒区域なので、自宅のあったところに行くこともできずに、仮設で生活されている。
  • 男性相談員の方も親籍を亡くされ、自宅敷地内には、20マイクロシーベルト/時を超える、極めて高い放射線量のスポットがある。
  • 「3・11」以前は、夏の海水浴客で賑わった。海あり、山ありで、子供達にとっては、貴重な自然体験のできる場所だった。松並木は自慢できるほどの美しさだった。
  • この地域に住む人は、以前から、「このあたりは、1年のうち300日は、南東の風が吹く」ことを知っている。だから、原発事故発生直後の避難区域などに関する政府発表はおかしい、と思っていた。
  • 「放射能は臭いんだよ!」と言う小学生がいる。確認してみたら原発事故による原子炉の金属片の臭いだった。子供達の内部被曝が心配だ。
  • 社会福祉協議会の皆さんは寸暇を惜しんで頑張ってらっしゃるが、国の対応が遅すぎる。これからどうしていくのか、はっきりした説明がない。

この仮設住宅を去るときに、「飯舘村を通るなら、外気を車内に取り込まないこと。そして、必ずマスクをすること」とアドバイスを頂き、全員に緊張が走りました。

仮設住宅の皆さんの声

いただいたアンケート

私達は、ボランティアセンターからの提案で、訪問の前に、仮設住宅の方々にアンケートを実施することにしました。
そして、86名の方から貴重な回答を頂きました。

アンケートは、次の4項目でお願いしました。

  1. 被災されていない人達に、あなたが一番「知ってほしい」「伝えたい」と思っていることをご記入下さい。
  2. 上記以外にも、知ってほしいことや伝えたいことがあれば、ご記入下さい。
  3. 仮設住宅に移られて以降に、市民レベルでされた「支援」のうち、一番うれしく思われたことは、どんなことでしたか。
  4. 私達のお届けしてきた「蓄光折紙」について伺います。
    • 実際にお手にされましたか?
    • 「お手にされた方」にお聞きします。お役に立ちましたか?
    • 「役だった方」にお聞きします。どんなふうに役立ちましたか?

仮設住宅で生活を余儀なくされている方には、高齢者が多く、書いてアンケートに回答することは、大変だったろうと思います。
アンケートでは、殆どの方が、将来への不安や、家族と一緒に自宅へ帰ることを、強く願っておられます。また、全国から、世界からの支援への感謝の言葉も沢山寄せて下さいました。以下、いくつかのアンケートをご紹介します。

辛さ・苦しさ・不安・怒り
いただいたアンケート

1日1日が何をしていたらいいのか大変ですね。
私が仮設に入って毎日の生活を見てほしいのです。

いただいたアンケート

家がせまくてとても苦痛です。
これからの事を思うと土地なく家もないので色々考えると、なんか頭が変になりそうです。

いただいたアンケート

家が有っても自宅に戻れないもどかしさ。
仕事も出来なくなり、子供達とも遠くはなれてしまい、なかなか会えなくなってしまった。友人ともバラバラに離れてしまってなかなか会えないのでさみしい。

いただいたアンケート

津波により家は流されましたが前途は見えませんので、全く暗い生活しております。
一番に気づいた事は、部屋がせまい事が一番苦痛でした。で、ただ金銭(屋借)がかからないのがうれしい。

いただいたアンケート

早く自宅にもどりたい。
心の中の苦しみは誰に解って頂けず、ひとりで生きるのはとてもつらい。

いただいたアンケート

家が津波で流され家族は無事でしたが、いずれ住む所はどこに、地域の人達と今まで通り過せるのか?今まで畑仕事等は、いつ出来るのか?原発は収束を示してほしい。

 
感謝
いただいたアンケート

物資をいただいたことが一番嬉しい。
皆さんに支援に来てもらいありがたいです。

いただいたアンケート

全国各地から世界中から支援物資を頂きこの事を後世にぜひ伝えたいと思う。そして、恩返しして貰いたい。
欲を申しますならば今私の入っている部屋は雨もりでこまってます。仮設でももう少し考えて頂けないものでしょうか。

いただいたアンケート

ときどき津波のよってきた時のことを思い出して、目からきえません。
皆さんに支援物しをいただいて、とてもありがたいと思います。

いただいたアンケート

がんばります。
生きて居ることでありがたいです。

 
楽しみ
いただいたアンケート

まだまだ大へんです。
毎週のサロンが一番の楽しみです。

いただいたアンケート

水・金とサロン(体操やったり)楽しくやってます。

いただいたアンケート

色々といただきうれしいと思えます。
仮設の集まりでたのしいひとときすごせたこと、うれしく思えます。

【注】「サロン」とは、各ブロック自治会ごとに毎週催されている「集い」のことです。
  この「サロン」で、ボランティアのイベントが行われたり、私達の送った「蓄光折紙」も活用されたりしています。

蓄光折紙
お伺いした仮設住宅お会いできた方々お会いできた方々
いただいたアンケート

消光した時にやわらかな光がうれしく思います。

いただいたアンケート

殺風景な仮設の部屋が明るくなりました。心なごみます。

いただいたアンケート

折紙で折り、頭の体操になりました。

いただいたアンケート

手先の運動になります。これからもよろしくお願いします。

いただいたアンケート

電気を消した時に光って場所がわかります。

いただいたアンケート

部屋に下げきれいでした。電気の光が消えた時、輝いてきれいでした。ありがとう。

 

社会福祉協議会の方々の奮闘

この地域で、全国からの支援を受け入れたり、「サロン」を系統的に支えたりしているのが、南相馬市の社会福祉協議会(以下「社協」)の人達です。その多くの方が被災者でもあります。
私達が伺った範囲では、ここの「社協」は、通常業務以外に二つの大変な業務をされています。

一つは、「生活復興ボランティアセンター」の活動です。
でも、スタッフは、二人。我々のような団体・個人から、「AKB48」のような「超有名人」までの受け入れを、その二人で一手に仕切っていらっしゃいます。

もう一つは、仮設住宅「相談員」の方々の活動です。
現在、15名の方が相談員として働かれています。相談員は、毎日毎日各戸を訪問され、更に、「サロン」の内容を企画し、進行役も担われています。

仮設住宅戸数は約2400。一人当たり、平均160戸の担当です。相当な激務です。
折紙の得意な方を知っているのも相談員。ですから、そういう方に相談員の方が声をかけ、「折紙指導」をして頂くことで、「蓄光折紙」もその役割を果たすことができたのです。また、折り紙の得意な人の居ない自治会「サロン」で、生まれて初めて折り紙を勉強し、お年寄りに「手とり足とり」で教えられた中年男性の相談員もいらっしゃったとのことです。

今回、現地に行くまでには、いろいろなためらいもありました。
しかし、現地に行かなくては、やはり真実はわかりません。

マスメディアの報道にだけに頼っていては、本当の復興はありえないと思いました。
今回の訪問を機に、さらに支援活動を広げていきたいと思います。
皆さんの力を宜しくお願い致します。

(副理事長・吉田雅人 記)

 
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